わたくしは公言している

パニック障害だと。それにより理解のない人から障害者なんだってね、障害年金で暮らしているんでしょ?と、会社勤めの時にお客さんに言われたのだから完全なる嫌みである。障害年金などない。だが言っておくと楽なこともある。わりと周囲の家族であったり兄弟や知人友達に多いことが判明する。現代のメンヘラという言葉が悪いのだ。ならばお誕生日を迎えた堂本剛さんやその他パニック障害の芸能人を観てメンヘラという言葉を言えるであろうか?歴史に残る偉大な人物も当時は神経症と言われていたがいわゆるパニック障害が多かったのである。自分は偉大でもなんでもないが嫌みを言われようがいじめにあおうが生きている。苦し紛れの中でも些細な楽しみが幸せなのだ。通常の人間の苦労と変わらないと思っている。何故ならば頭が悪いなりにやってきた結果である。ただこんな人間でも付き合ってくれている友達には感謝感激だ『りんはりんだし、何も変わらんて、ただ無理すんじゃん?前にあったじゃん、クリニックの先生にそこには行かないで下さい。好きな場所で発作を起こしたらその後もずっと行けないよって。俺さぁ、思ったね。行くなって言われたらりん行くしょ?それで前と今でもりんは絶対変わらんと思った』この頃わたくしは焦っていた。いけるんじゃないか?逃げてはだめだと。その考え方を整理してみた。
無理してできないものは無理なんだと。何の得すらない。
能力を上げるのも大事だろうが大切なものを失っては遅いのだ。

だからわたくしは頭が足りないなりにいくことにした。余計なプライドなど持つ人間ではなかったのだ。身の丈に合わない考え方を保つから駄目になるのだ。
ただこれ以上、頭が悪くなる懸念もあるがそれまでの人間だったのと思い頭が悪いなりに楽しもうと思っている。クリニックの先生にも頓服を飲んだ日にはすぐ帰って下さい。と、言われる。広場恐怖症や外食恐怖症が悪化するからと。本当に無理な時は引き返したがその日を生きたいのだ。良くなってからの日の行動ならロスしているのだ。まぁ、この生き急ぐ性格なら無理がかかって治りも遅いのだろうがね。
みんなで長生きしようや。わたくしひとりが残されるのはもう沢山なんだよ。
また新しい1日を鮮やかに描きますからね。