ひとりオリンピック

オリンピックスパンで開催されるそう、それは風邪。26日の夜、洗濯物を干していると寒気が。これは全身ビリビリブルブルに冷感を伴っているので風邪だとは思わなかったが夜に喉の痛みが。断薬により舌の奥が下がったままなので鼻から入る呼吸がダイレクトに喉に伝わり常に喉が乾燥をし喉ちんこと呼ばれる部分がくっつくほどであるからして普段から喉と内耳に痛みはある。水分を常飲していると尋常ではないお腹のきつさに内臓に負担がかかるのでメンソールのベイプを吸引し凌いでいる。27日、目が覚めると相変わらずの喉の痛みに身体のだるさ。やったわこれ…風邪だわ…そもそもわたくし体調不良に見舞われると眠れなくなるので余計に疲弊をする負のスパイラルが押し寄せる。パニック症の時には飲み合わせの影響から風邪薬を飲めないスペックであったのだが特に急ぎの用事もないので風邪薬を服用せずに寝込んでやる、とりあえず携帯チェックね。
!ん!ガラケの画面が三カ所も黒ずみ画面が消えている!あぁ、わたくしだけではなくガラケまで不良かい…普段から連絡は取れない人間なのでさして慌てはしないもののスマホにしたら色々とアカウントが面倒なのだよ…そうしてお布団に潜り込むも暑い寒いを繰り返し夜にはビリビリブルブルと付随意の痛みがマックスで押し寄せたがひたすら我慢をしようやく眠りに就いたのはお昼前であった。しかしながら如何なる時にでも食欲があるわたくしは卵かけごはんに虎杖浜産たらこ(苫小牧出身)、コンビニで買った煮麺と差し入れのおにぎりを食べソースではなく塩で、なんて注文をつけステーキを食べた。飲み込む時にはもちろん涙目です。本来であれば寝込み中を利用しファスティングをしたかったのだが。多少の消化不良と胸やけはあったもののこれはわたくしの体内でコンビニ食材が異物と見なしているからでもある。ゼリーは好物なのだが砂糖に嫌悪感があるのでこの度は食べてはいない。スポーツドリンクの人工甘味料にも嫌悪感があるので塩分はお味噌汁、水分はお茶にしている。そもそもスポーツドリンクを飲んだら歯磨きをいちいちしないと虫歯になるからである。(歯科助手経験あり)こんな時でもアスリート並みにストイックに熱で汗だくで毛穴が開いた顔にメンテナンスをしています。
追伸 さすがに顔色は悪いです。笑。風邪をひくとハム等の加工食品を欲するのは塩分欲しさと身体がジャンクなのでしょうね。たまに自分で鶏ハムは作ります、オススメですよ。

楽しかった9ヶ月間

本当に楽しかった。いつかこうなる日が来るとは思っていたが別の形で終わりを迎えた。先月初めの件で、ここにいたい、僕はここでみんなが来るのをまた待っていたい。と、言っていたからとわたくしは不覚にもオーナーと本人のご両親の前で号泣をしながら訴えた。いつもどおりの道のりが違った形で見えショップに着くまでの景色が本当につらかったし必死であった。ある日の事、わたくしの全身の痛みが酷く、座りますか?と、椅子を出してくれた。僕はもう薬を見るのも嫌でそれなのに飲みたくなって…凄くつらい…と、声を詰まらせ俯いたのでわたくしは座りながら俯いたまま、一緒に耐えよう…と、言った。ハッとこちら側を見たのには気がついた。ある呑み会では、りんちゃんが来たらもっと盛り上がりましたよ。でもりんちゃんはパニックの事や断薬でつらい状況だから。と。そこにわたくしを知らない方が2名、その内の知っている1名が、りんちゃんまじヤバいから!手の振るえがまじヤバいから!と、馬鹿にした時、僕は離れて聞こえていたのにその場で注意をできなかった。いつも凄く良くしてもらって僕の吐き気が楽になればって、飴ひとつだけの為に探し回って!水ひとつにしても!そこで言えなかった自分が悔しいしそんな風にりんちゃんの事を言われているのに何もできなかった!と、声を詰まらせて言ってくれた。わたくしは、いいから、いいから、わたくしは何を言われてもいいから。その代わりに○○さんが傷つけられる様な事があったら言ってね、ぶん殴ってやるから。容赦はしないつもりであった。新規のお客さんが言った。りんちゃんと○○さんは仲いいんだなぁって、俺が入る隙も無いし、いつも楽しそうに喋っているし専門用語なのか俺とは2人は住む世界が違うんだなぁって。
金曜日に行き夜に電話があり土曜日のお昼の電話で総てが終わった。好転反応だと思ってさ、オーナーの顔も電話もおっかないでしょ?ね?自分が具合悪くなっちゃうから二度と戻らないつもりで、あれとこれも持って、忘れ物が無い様に帰りなね。二度と戻らないつもりで、そこから逃げてもいいから。と、言った。ショックで声を震わせながら詰まらせながら電話をくれた頃より少しは元気な声になってくれた。先程まで事の発端であるショップの常連さんから連絡があり成り行きと現状を伝えた。こんな時でも凜ちゃんは面白い!と、言われたがたまたま観ていたランクヘッドの素晴らしい世界という曲の歌詞にヤラれ今でも涙が止まらない。その常連さんから、凜ちゃんと○○さんはお互いに支え合っていたんじゃない?と、言われ走馬灯の様な9ヶ月間に心が痛い。いつかは居なくなる人だと思い彼の住む街へ13年ぶりに運転をし練習済みである。後悔はない。鞄が出来上がったらわたくしが取りに行くから。と、言ったらきっぱりと、僕が行きます。と、言った。遠いよ?と、言っておいた。忙しいと思って。

ランクヘッド 素晴らしい世界

降り注ぐ光の中
僕達は笑っていた
君のこと本当に好きだった
素晴らしい世界、戻れない日々
どれだけ傷つけても君はいつも笑ってくれたのに
風に舞う心、届かない、もう
孤独の檻の中で泣いてた君に気付けなかった
最後まで笑顔の君が切なすぎる

すべてから逃げ続けた
失くす事が怖かった
優しさに甘えてただけだった

愛しい世界、戻れない日々
どれだけ傷つけても君はいつも笑ってくれたよね?
擦れ違う心、聞こえない、もう
孤独を押し殺したままでいつも笑っていたんだよね?
最後のキスの後君は少し泣いた

本当に、本当に、本当にごめんね
君のこと本当に好きだった

愛しい世界、壊れていく日々
まるで何もなかったかのように街の光は綺麗で
風に舞う心、気付いたら
もう君のいない世界のすみっこで声を上げて泣いていた
桜が舞い落ちて夜を白く染める

断薬一年六ヶ月

やっと一年半である。一年半、脳が膨張する様なビリビリとした痛み、顔面の痛み、鼻に至っては常にビクビクと動いているので腫れたままである。左目は視力が弱まり涙が出てくる。両目の奥のビリビリとする痛みに視力が安定をしない。先日に至っては三叉神経の関係か歯の神経までもが痛み出した。全身の痛みに加え骨がバリバリと音を立て不随意をする。とっくに軟骨はすり減っているであろう。左首から背中にかけても突っ張る痛みがあり腹部の筋肉は肋骨の下に入り込む動きをするので当然防ぎたく上半身を仰け反ると腹部を連続で殴られている痛みがくる。胸の圧痛が酷い時には胸焼けを起こす。右股関節は引っ張られているので運転をする車種によってはアクセルペダルと体勢の形が合わず58キロ走行が丁度良く、おっせぇ車だな。と、ぶち抜かれながら車の振動に耐えている。左骨盤から腰にかけてこむら返りの様に突っ張る。とにもかくにも物凄い力で不随意をしているから疲れてしまう。ビリビリブルブルと肉や神経や筋の痛みに冷感を伴っているので足の冷えが酷くなったが逆に灼熱地獄もくる。年末年始から痛みが強く今年に入ってから四回は気絶をしているが気絶が出来ない痛みの時にはやっかいでひたすら堪える。そんな日の翌日にはだるさで精一杯である。肢体が前後左右に不随意をし一年半、痛みは範囲を広げ深部に届く。そんな中、下半身が動かなくなる日もあった。加え下半身の不随意が前後左右ではなく上下に動いた事があった。洗濯をしようと立ち上がると両脚が上下に動くのである。まるでパントマイマーが階段を降りるというのか下るかの様な動作に、おっ…新しいね、歴史が動いた…と、思いました。革靴を履いて歩いてはタップダンサーの様な音を立て、自分やるな。と、思っていた季節から冬を迎えました。昨年の今日は何をしていたのかメモを遡ると年末から二月までが白紙であった。やはり年末年始はあまり良くないのかもしれない。七月の断薬二年目にはどうなっているのかが楽しみである。その頃に聴いていたblurのSong 2を聴きだしている。ここまで来たのだ、きっと少しは良くなるとは思っている。ウーフー!と、めまいと吐き気の中、王子さんのおとんの車を廃車にするのでお墓まで独り車に乗って見せに行くと晴れ間に風が強くなりお線香がなかなか点かず終いには雨が降り出し大きな虹が国道の上にまたがり感嘆深くなりながら兄さんの会社にスペーサーをあげに行った時、聴いていた曲。ウーフー!と。
全身はそれどころではないけれど、元気です。
追伸、眩しさとうるささと心強さと。です。

雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズというよりは、
雨降って地固まる。
この言葉を信じています。

成人

この国の成人とは何をもって成人としているのかがよく分からない。選挙権を引き下げもっと政治に興味を、なんて話でもあるがそれはその家庭内や地域での政治家推しになるのはとても単純且つ明瞭であろう。高卒で就職をした場合には2年ほど成人としてではなく新社会人、社会に出ていても成人ではないのだ。もっと言えば脳が成人になるのは23歳頃だという見解がある。大抵の女性が早い人で21歳、23歳までには結婚をしたいと思う。わたくしもそうであった。現に23歳にはとっくにクラブ通いも止めているが結婚にはまだまだ早いと思った。20代前半で結婚をしたわたくしの両親然り周囲を見ても離婚をしている。わたくしは思う。20代前半の恋愛は青すぎるのだと。話はズレるが悪阻がきつい女性は人間的にまだまだなのである。これはつまり悪阻とは「つわる」が語源で初潮の頃を意味している。不完全と言えば聞こえは悪いのかもしれないのだが身体も心も初潮の頃なのである。ここで悪阻がきつい女性ほど健康な赤ちゃんを産むとの見解もあるがわたくしは認めない。子どもを育てようやく大人になってゆくと言うのならば世の中は健全になるはずなのだが人は中途半端な死体として産まれ一生をかけて完全な死体になるとわたくしが好きな寺山修司氏は言っていた。ならば成人とはどういう事なのであろうか。思春期には不純異性交遊と言われ就職をすれば子どもを産めと言われる時世。そうかと思えば扶養額の変更に伴いもっともっと働けますよ。人間はもっと自由であっても良いのではなかろうか。フリーランスで活動をしても顧客側に応えるべく軋轢が生じる。生きている限りは必ずや商業的なのである。話は戻すが青年と言えば汚れ無き聞こえだが成人となるとどうも性の聞こえが強く感じさせられる。わたくしは15歳の時に23歳の方とお付き合いをしていたが犯罪だと周囲から言われる始末。3年間お付き合いをしていたのだから何も無かったわけではないよねぇ?と、先日行きつけのショップのオーナーに言われたがそれ以前にお付き合いをしていた方もいるしあの3年間は他にもお付き合いをしていた方がいるほどであった。これは様々な大人の中で生活をしてきて暗黙の様に20代には結婚をし子どもを産みなさい。そんな圧力があったからこそわたくしは遊べるうちには遊んだ。恋愛を通して成人になる様な気がしてきたからである。そこにはやはり性人と言っても過言ではないものがある。テレビの報道で成人の日の祝日だと知った。幾度となく荒れる成人式もあれば地域性というか県民性で粛々たる成人式もある。何かを成せた人間を成人と呼べばとても美しい言葉なのではなかろうか。そうすれば青人という汚れ無き言葉に成人といういつも心に居る安息な人を想えるのではないのではないかと思う。いつも、いつまでも。

不随意が強い

年末30日からの強い痛みと不随意が続いている。昨日も夕方、痛みに疲れたのか意識を失っていた。お正月も何もない。今日も不随意が強く頭のてっぺんから足裏までビリビリブルブルと深く動いていて千切れそうな痛みである。軽くジストニアを起こした左首も突っ張ったまま左胸の圧痛に加えビリビリブルブルが心臓に響き不整脈を起こす。左顔面の強い痙性も痛み眼球の捩れる痛みにも耐えている。筋肉だけではなく骨がバキバキと音を立て動く。先程、友人からの電話で軽く服薬をしてはどうか?と、言われたが断った。別の友人が病院に行きわたくしの状態を伝えてくれたのだがやはり弱い薬を服薬し楽になった方が良いのではないか?との事であった。服薬にはまたSSRIになるのは確かな事。わたくしはこの薬の副作用の吐き気から10キロも痩せ断薬の今は離脱症状に苦しんでいる。1年ほど服薬をしていたベンゾジアゼピン、吐き気止めには抗コリン作用。この繰り返しにまた戻る気にはなれない。ただでさえ減断薬1年半で大変な思いをしているのだから。国外で販売中止になる薬をどうして日本は認可するのかと思う。単なる在庫処理なわけだがこんなにも危険な薬なら処方薬としてではなく市販薬にしたら良いとの極論もある。これは自分の体に合わないのなら飲まなければ良いとの話。しかしながらそれは危険が伴う。服薬をしていない今でもどこかこう物凄い心拍数の上昇の後に気絶をしては毎日あぁ生きていたと目覚める。人間が終えるまでの脈拍はだいたい決まっているので脈拍が上がれば上がるほどあとどれくらい生きていられるのだろうと思う。ただでさえ8年半もパニック症で凄まじい動悸を経験している。年末に知人に会い挨拶をすると無視をされた。これはわたくしが心療内科に通い仕事を辞めてから突然始まったわけなのだがそういったクリニックに通っている人間すなわち精神病者は馬鹿だと思っているからだそうだ。わたくしからすればいい歳をした大人が挨拶ひとつできない方が闇が深いとは思うのだが。そういった特異な人間以外は皆さん仲良くしてくれるので有り難く感じる。道の記憶が無くなっても、りんちゃんは自分の言った事や聞いた話を凄く覚えていて記憶力はいいですよ。と、言ってくれた。道の記憶が戻ったら今度は話の方を覚えていないかもしれないよ。と、笑った。りんちゃんみたいな格好いい大人になりたい。と、言われるがまだまだ何も成せていない。この様子だと夏にハイキングにも行けなさそうだがアメ車フェスには絶対に行きたい。

未(ひつじ)辛抱、申酉(さるとり)騒ぐ

年末からの強い痛みが今日も続いている。昨年まで言っていた痛みマックスをさらに超える痛みを痛感している。左首はかなりな力で突っ張り左リンパに継続的な痛み、顔面もむくみ左目からは涙が出てくる。鼻も常に動いているので吹き出物が出てくる。全身くまなく低周波治療器の揉む叩く等のコースを強く当てられている様な状態である。特に首、肩、鎖骨、腕、手首の骨がバキバキと音を立て不随意をする。筋肉はありとあらゆる方向にビリビリブルブルと引っ張られ凄い痛みである。今朝は起き上がって歩ける様になるまで5時間はかかっている。不随意で全身が持っていかれるので危ないのだ。それでも元気なのだから痛みが強いなんて思えないと言われる。未年のわたくしは忍耐強いのですよ。ましてや一人っ子なのでいつも一人でやってくるしかないというのが原体験としてある。しかも未年は群れで生活をするので個人主義は苦手というがわたくしは盛り上げる時には全力だが一人が好きで仕事もわりと一人で任される事や教える方が向いていると言われる事が多かったので未年で一括りにはしたくはない。しかしながらあまりの全身の騒ぎに申酉騒ぐが頭をかすめたがそれを気にしていると固定された思考になるので考えない様にする。これはその日をどう生きるのか。というお付き合いをしていた方の死、母親の死、友人の死、パニック発作で死への恐怖を経験し現在に至る。本来、死に恐怖はあってはならない。種から芽が出、息吹、幹が枯れ変わりゆく景色を眺め眺められ静かに逝く。わたくしが趣味で行っていたレザークラフトのブランド名casanova(カザノヴァ)のサインマークは蓮の花である。子どもの頃より曾祖母に連れられお寺の説法を聞きに行っていた。そこでお釈迦様の蓮の花に魅せられ母親代わりであった祖母と歩いた帰り道に、見てごらん、三日月だよ。と、二人で見上げた夜空が今でもわたくしの心に沁みついている。泥水の中で綺麗な花を浮かべる蓮、花言葉の離れゆく愛。儚い三日月。想い出にはしたくない事が想い出になって。それは少しの後悔があるのだと思う。後悔先に立たずであるから後悔の無い一年にしたいと思う。

穏やかに暮らしたい

29日の忘年会の頃には両目の視力が弱まり目が見えにくくなった。顔面や目の奥もビリビリブルブルとしているので涙も出てくる。昨日に至っては全身の痛みがマックスで2回気絶をしている。気絶の後うっすらと目を開けると亡くなった母が名前を呼び手を差し伸べてきた。わたくしは不随意で固まった腕をなんとか伸ばし母の指先を握った。細く温かく懐かしさと同時に手を引っ張られた。正直、連れて行かれると思い手を振り払った途端に横臥をしていた体がルーレットの様に高速で回転をする感覚に襲われた。これは夏に1度経験をしているのだがあまりの高速の感覚に恐怖で心拍数が上がる。物凄い緊張感である。今日も痛みが強く不随意で全身が千切れそうに左肩はバキバキと動くので嫌な痛みである。ビリビリブルブルに冷感を伴っているので寒さもある。それでも買い物に行ってきた。ラビットファーのコートにチンピラみたいなサングラスをかけてCA4LAのハットを被り。車椅子の父に会いに行こうかと思ったが痙性が強い状態を見せたくはないので減断薬1年5ヶ月の間は会いに行っていないがクリスマスにアイパッチに杖を持ちツイードのコートを着てウイングチップのシューズを履きモデルガンの銃口を向けた写真を送った。父は言った。イタリアのマフィアみたいだと。こうして大晦日だというのに吐き気もあるがなんとか1年耐えてきた。また1年また1年と過ごしてゆく。明けない夜はなく止まない雨もない。泣いても必ずや泣き止む。ならば笑って過ごしたい。また来年度も宜しくお願い致します。皆様に幸あれです。