再会

【連鎖】
先生とわたくしは同時期に体調を崩してゆくことになった。
先生の指は日に日に腫れ上がり薬にも詳しくなっていった。
わたくしは今まで育ってきた中で自分が生きてゆくといった当たり前のことが嫌になっていった。

そんな中で先生がいなくなり一人になるのではないかということがとてつもなく我慢できなかった。
過去の記憶がフラッシュバックした。
先生はこの頃とても苛立っていた仕事のこと、将来のこと。 それでも的確にアドバイスをしてくれた。 わたくしは頭が下がる思いだった。

リウマチ患者を前にしてまだまだ自分は迷惑をかけている。
いや、先生が偉大すぎるのだ。

わたくしは先生に言った。

『先生を追い越せない』

先生は言った。

『追い越せない?
違うべ?

俺が追いつけないぐらい君は生きるのだ』


これだから甘えたくもなる。 大変なのは先生なのに。流石だった。

先生は言った。


『君は一個
勘違いをしている

俺は壊れている時も今日みたいな日も 常にかっこいいのだよ』


わたくしは両手首の腱鞘炎と職業病で指が曲がっている。 これも意外と痛みながら曲がってきているのだが、先生が病院で更新情報があるとメェルがくる。

文面の最初には、

腐れ関節会会報


どこまでも弱さを見せない男であった。

わたくしはあまりに心配で先生にメェルをしてみた。夜十時半、ちょうど眠剤を服用したところであった。
デパスを服用するにあたっての変化を聞いたところ、効くから自分に合っているかも、でもきれた時に頭痛がする。とのこと。

先生いわく悪化する会社の開発状況のきつさを薬でごまかしているようなもので、根本的な悩みを解消しないかぎり変わらないかな。
と、言った。

デパスの効き目の時間が分かったので会社に着いてから朝の薬、

夕方に薬。


【流れ】
後輩が退職をし毎晩のように呑みに来るようになった。一人の時もあれば収監されている彼の弟と二人で来る日が多かった。 酔いつぶれる毎夜、いつしか皆は布団を持参しわたくしの家には各自の布団があった。
当然、酔っている後輩達の布団を敷き食べ物を用意する。わたくしは後輩にお姉と呼ばれ彼の弟にはママと呼ばれていた。トイレを汚すなどは日常茶飯事だった後輩。
名前は友。
ハローワークに通っていた。しかしながら友は目ぼしい仕事が無かった。日に日に飲む量は増えわたくし達の家に連泊することが増えていった。
一日起きない日もあった。そんなことを繰り返しているうちに食欲が無いと言い出した。
友はマンションで一人でいる時も昼夜構わずわたくしに連絡をしてきて泣くこともあった。
わたくし達の家に来ても入れないと玄関先だろうが深夜でもわめくようになっていた。

見兼ねたわたくしは精神科を受診するように言った。
あそこの病院だけは駄目だよ、薬漬けにされるから。
何日か連絡が途絶えた。

一週間が経った頃、
別の友達から電話がきた。友から電話がきて頭を怪我したから来てほしいって言ってるんだ、頼むから来てくれない?
友のマンションに行くと玄関先は血だらけになっていた。
部屋は足の踏み場も無いほどのゴミの中に友が座っていた。

こけて頭打った…
痛い…

傷を見ると乾いていたが珍しく本人が病院に行きたいと言うので時間外で病院へ急いだ。
記憶が戻ってきた友は言った。

こけたのは昨日だ。

なんて人騒がせなのだ。
あまりに朦朧としているので何かの薬を飲んでいるのは一目で分かった。わたくしが行ったら駄目だと言った病院に行ったそうだ。
母親がそこの別科を受診しているからという理由だけであった。

完全なる薬漬けになり首をつったが友は死ねなかった。

わたくしは職場を斡旋し友は合格したが職場でいじめられ仕事を辞め故郷に帰った。
この頃わたくしは過換気症候群と診断された。
パニック障害への前触れであった。

先生はリウマチを患った。
指は腫れ上がり薬は増えていった。

『なぁ、りんちゃん先生よぉ、
このままだと俺アジソン病だかで死ぬらしいぜ? 寝てる間に血圧がさがって』

『何、言ってんの。
テロの時だって生きて帰ってきたじゃん大丈夫だよ』

『俺の名前ってさ、
調べたら鎧の重さを知るって意味があるんだぜ?』

この時、先生は自分の終わりを言い出した。

心も身体もボロボロになってゆく先生とわたくし。

『俺、仕事が落ち着いたら沖縄行きたいな、

煙草を吸いにさ…』

連れて行ってね。と、言うと、

『君に男がいなかったらね』と、言った。


わたくしは彼氏と半同棲生活をマンションで送っていた。彼氏の同級生で犯罪に手を染め出所した男性が毎晩のように呑みに来ていた。
その頃わたくしは祖父の認知症の介護に病院へ週一回通っていた。

いつものように彼は呑みに来ていた。
この日だけは街に呑みに行きたいと彼は言ったがわたくしと彼氏は面倒だから家で呑もうと促した。
いつもなら車を置いて帰る彼が飲酒運転をし事故を起こした。

また刑務所生活である。
季節は変わり彼氏の父親が他界した。

彼氏と残された兄弟の為に毎日わたくしは様々な手続きに二年はかかった。
そしてわたくしの祖父は亡くなり会社の社長の父親も亡くなり忙しさを窮めた中、後輩が会社を辞めたいので会社まで送ってほしいと頼まれた。
退職の手続きの手伝いまでもがわたくしにのし掛かり、友達の母親が離婚をしその手続きまで頼まれた。その中でも自分の時間を作っていたが更に追い撃ちがかかることになった。

先生はもともと映像関係の制作の仕事をしていた。
大学のゼミの顧問が立ち上げた小さな会社であった。ここは確かに楽しかったようで制作クレジットに名前が表記されたDVDをくれたことがあった。
俺はコピーしたのがあるからあげるよ。

このDVDに収める為にバリに行ったそうだ。

時間がゆっくりと刻むような充実した日々をバリで送っていた。


帰国の日、
撮影団一行は空港に行き驚愕の事実を知ることになる。

9・11同時多発テロの影響で航空機関が全面麻痺していた。空港は混乱し何も知らない一行は当分の足止めをくらった。運が良いのか悪いのか後に繋がる話になる。
この制作会社では補償が無く先生は転職を試みた。

何十社も落ちた。

毎日が面接で履歴書を書いた数は計り知れない。
この活動が半年を過ぎた頃、
突然先生から電話がきた。

今から面接なんだけど、一社内定をもらっているんだ。
その事を今からの面接で言ったほうがいいかなぁ?
こんな簡単な話を先生でも消化できないほど焦っていた。

わたくしは言った。


先生のやりたい仕事に就くまでは焦る必要はないよ、
今まで散々落ちてきたんだからさ。

内定をもらった会社に先生は断りをいれた。

こんな生活が一年はあっただろうか。
冬に実家に帰省したが先生にも用事がある。

春からの就職活動はもう師走を迎えていた。

帰省のたびにお互いおみやげを渡すので年明けの日、先生はわたくしの会社を訪ねた。

列車時刻ギリギリであるからして慌ただしくおみやげを交換し先生はわたくしの服の腕をまくった。
この時、
先生はわたくしのリストカット具合を確認したのだ。

切るなとは言わないよ。
と、言って先生は握手をしてくれた。

ハグでもしたかったのだが見送りの先生の家族が見ていたのでできなかった。

その後、念願かなって大手ゲーム会社に就職した。

先生は言った。

亡くなった親友とこの会社に一緒に入りたかったんだよな。

プロ意識の強い先生は地位を確立していった。
忙しさは尋常ではなく、
たまにテレビ電話やメェルのやり取りをした。

今度、雑誌に制作したゲームが紹介されるよ。

わたくしは嬉しくなりコンビニに走った。

先生の名前は無いものの携わった新作は、

ニンテンドーDS マリオだった。

ある日わたくしは熱を出した。

先生からメェルがあった。

寝汗が凄い、
身体がおやじ臭いとのことだった。

わたくしは熱を出していると告げると一枚の写メが送られてきた。


『俺の寝起きのレアな写真だぞ』

確かに寝起きの先生が写っていた。

その顔を眺めていたらメェルがきた。


『君、気づかないの?』

『その写真を横になりながら見てごらん。

俺って優しいべ?』

わたくしは意味が分からなかった。

先生は言った。

『横になって見たら俺が添い寝してやってる感じだべ?
それで熱は下がるよ』

わたくしはいつの間にか携帯を持って眠っていた。

起きると熱が下がっていた。


【二人の世界】
わたくしが今の彼氏を残して別行動をとったのは、だいもんの結婚式と先生との飲み会だけである。
わたくしが呑むジンのボトルと先生が呑むビールを買って行ったら先生も用意をしてくれていた。わたくし達はどちらかというと明るいところが苦手なのでライトだけが点いていた。
そんなはたから見たらムードたっぷりの部屋に先生の弟が氷を持ってきてくれた。

ごゆっくりどうぞ。

二人でアルコールを本格的に呑むのは初めてであった。
大人になったものだ。

先生は一番仲が良かった友達のことを話してくれた。この友達の実家はわたくしの近所であり同級生である。
わたくしが転校をしてきて道に迷わないように登下校の付き添いをしてくれて比較的よく遊んだ。

卒業後は力仕事を遠くの街でしていると聞いていた。

それが突然亡くなった。

彼の両親がマンションに荷物を取りに行った。
テーブルの上には先生が一人で写っている写真だけが置いてあったそうだ。最期に彼は先生の写真を眺め実行した。

無理心中であった。


密葬であったので大人になった彼の顔は知らない。この親友の死に先生はかなりショックを受けていた。
自責に近かった。

この話の流れからか二人で呑みながら孤独感のような会話をした覚えがある。

まずわたくしは一人っ子、
先生には可愛い弟が一人いる。

先生は言った。


俺の弟くんって六つ離れているじゃない?
だから弟くんが産まれるまでは事実上、
俺も一人っ子みたいなもんだったよ。



『君と私は同じタイプの人間だ』


この言葉が忘れられない。

先生はほとんどの同級生の連絡先を知らなかった。
同じ大学を卒業した奴でもなんか合わない、
高卒で俺と話が合う君のほうが珍しいよ。


だってあれだぜ?
あの高校でた奴でニーチェなんか読んでる奴いるか?

わたくしは考えたが同じ高校を卒業してニーチェを読んでいるのは先生しかいないと思った。
離れていても似ていることに遭遇している。
彼の親友が亡くなった頃、わたくしは当時の彼氏を事故で亡くした。

先生は言った。

俺、中学高校と友達いなかったよ?

嘘だぁ。と、思ったが放課後わたくしに電話をくれるぐらいだから友達付き合いは学校の中だけであったのだろう。
先生の我の強さを嫌う男子もいたがわたくしから見たら単なる嫉妬心に感じた。
当時を振り返りながら、まぁ、君と仲直りしたってことで。
俺あの頃さぁ勉強しか頭になくて君とほんとに喧嘩した?
喧嘩したみたいだからこうやって乾杯してるんだけどさ。
酔いにまかせ楽しかった。
話の内容は、
性的な話を医学的な見地から話してみたり、哲学ゼミ出身の先生の哲学とわたくしの哲学である。一度この飲み会にわたくしの彼氏が参加したことがあったが彼氏に言わせれば、二人とも話が難しすぎる、何を喋っているのか全く分からない。 きっと他の同級生とそりが合わないのもこの会話の内容なのかもしれない。

ほろ酔いの先生が問題を出した。

『誰もいないところで木が倒れた
そこに音はあったか?』
これをつまみに呑み、先生はお互いの顔の前でライターの火を点けた。

『ふぅーって消してみて』
先生はまたライターの火を点けた。

『君がさっき消す前に見た炎と今の炎は同じ?』
わたくしはどの時代でも先生を尊敬している。 帰らなきゃいけない時間が迫ってきた。

『君がここにいれるのはあと少しだよ!!何か喋って!!』と、言われた。ラストスパートである。
わたくしは思った。
慌てる先生を見たのは初めてだ。
程なくわたくしの彼氏が迎えに来てくれた。
かなり酔ったわたくしは先生の腕を掴み、

『連れて帰るんだ!!』と、ごねた。

中学最後のおんぶを思い出した。