満ち欠け

昨日の先生はなんだか穏やかであった。
話が面白い動画があるから観てごらん。と、メェルがきた。早速アクセスするも何をしてもエラーであった。それを告げるとすぐさま調べ、今アカウントに不具合があるらしいから別の日にしてごらん。と、言われてもわたくしは同じ時間を共有したいのだ。
同じ月を見たくても都会にいる先生には雲がかかって見えないことが多い。ならば室内で共有できるものは嬉しいものだ。音楽であったり映画であったり。深夜の二人の時間である。
以前、二人で呑みながら話をしたことがあった。
月明かりの高い日、いわば満月に生理がくるんだってね。
これは旦那さんが狩りに出て留守の時に他の男性が強姦をするので妊娠をしないように生理がくるって話だよ。
新月とか月の満ち欠けって人間と密接な関係があるみたい。
ほら、満月の時には事故が多いって言うじゃない?
あれは人間の気持ちが昂るからみたいだよ。と、わたくしは言った。

先生の体調は気圧に変化される。
二人で呑んだ深夜は必ず霧が深く見送る際にはすぐにどちらかが霧の中に消えてしまう。
暗闇に消えてゆく先生の名前を何度も呼び止めて追いかけたことがあった。
その声ですら深い霧で届かない。
携帯電話などという文明の利器は使いたくはない。
ただ何度も名前を呼び追いかけた。
部屋に着いた先生から連絡があった。

『君の声が聴こえた、かすかに』

満ち溢れた世界で命を欠けてゆく。
地球上で個々の人間はとても小さいが朝になれば大きな太陽が昇る。
その光を浴び静かな夜を待つ。
この夜がわたくしにとって満ち足りた世界である。これを繰り返せば欠けてゆくのもわかっている。

『君の流れる前髪を撮ろうか』

カメラを持って目の前にいた先生が忘れられない。わたくしがレンズを覗きファインダー越しに笑った先生。出来上がったわたくしの写真は帰らないで。と、物語っていた。

一緒にいる時は満ちているが一人になれば虚しさだけが残るのであった。これが現実。
いつでもわたくしは呼んでいる。

『先生…?』

『うん?』

『りんって不幸のデパートだって言われた』

『そんなことはない、むしろ君を不幸にしているのは他人だ』


満月よりも三日月のほうが自分に合っているのだと思った。
何かが欠けている人間でも先生は接してくれる。
先生、
ソシュールを理解するのにはまずラカンだよね。
届かない独り言を言ってみた。